2014年10月28日火曜日

天川村


今、奈良県の吉野の郷の天川村に来ています。

旅らしい旅は久しぶりです。
私はいつも一人旅。
直感で行動出来るし、現地の人と交流しやすいし、心を空っぽに出来るから。

宇宙とつながる天河大弁財天社。
ここのエネルギーは陰。



この場所にしか伝えられていない五十鈴。(そーいえば、伊勢神宮の内宮を流れている川って五十鈴川って言うんではなかったっけ…?)

3つ繋がったものが2つ重なっている不思議な形。
3つはそれぞれ、
いくむすひ(生産霊)
たるむすひ(足産霊)
たまめむすひ(玉留産霊)
と言う、魂の進化に重要な3つの状態を表しているそう。
(これがね、まさにプラニックヨガなの)

それが2つ重なっているのはどんな意味なのかな。
マカバとかね。

揺らさずに、回して音を鳴らします。


光の柱。
不思議なこと、自分が恵まれているなって感じることがたくさんありました。


ここの川の水は、直接飲めるくらい綺麗。もちろんやりました、鹿の気分で(笑) ついでに石もぴょんぴょん飛び越えて。
湘南での真冬の服装をしていたけど、それでもまだ寒〜いっ!


山を上がって役行者所縁の郷へ。

奥の大峯山は、今も女人禁制で、大峯山寺へ続くすべての路に結界門があり、おおらかな自然の空気とまた別のキリッと、ピリッとした独特の世界観です。ちなみに世界遺産だそうです。

そしてここのエネルギーは陽。




旅している時の自分信頼感、私はちょっと自信あります。
だから素敵な事しか起こらないし、人はみんな優しくて、時間も天気も出会う事も何もかもが完璧なんです。

この流れる感じ、大切。
だから旅は大切、です。

思考がクリアになり、感覚が冴え、いろいろな答えが明確になり、幸せだなって思うシンプルな感じ。

出会う人も、話した人は、みんな自分は幸せだって言ってました。
そしてみんな自分が好きな事をしていました。ニコニコして、心から。

ここはたぶん天界なのね…
明日も楽しみです。

って事で、パワーアップして、つるつるになって帰ります。
クラスやWSで、いい氣を循環させられたらと思います。
差し当たっては11/8(土)の呼吸のWSですね。


お待ちしています。

2014年10月15日水曜日

「ありのまま」と「Let it go」







とある友人が、「彼と一緒だとありのままの自分らしくいられないから離れる」と言う。

それで、自分らしさがわからなくなった、のだと。

私は男女共に、どんな関係かに関わらず自分が好きな人といると、自分でも知らなかった自分がどんどん出てくる。
きっと私のありのままを引き出してもらっているのね。

ありのままの自分って、人生のエッジに立って初めてあからさまに出て来るものだと思う。
そのエッジに立ったことある感は、人に伝わる。

そういう人同士は、例え全く違う考え方や性格でも、お互いありのままでいられるのかもしれない。

 いつも逃げ道を用意して、安全対策を講じて、本当のエッジに立つことを避けている人も逆にすぐわかる。
 私の線引きのひとつはそんなところなのかも。

「ありのまま」と、「Let it go」の意味はそもそも違う。

自分が持つ能力(it)をずっと人との関わりの中で、抑圧して隠れるようにして生きて来た人が、もういいの、例え独りきりだってitをgoさせるわ、っていうのが「ありのまま」って訳になっているけど、ありのままの自分がわからない、っていう人は、そもそもそのitがないわけね。


だから他人のitに乗っからせて貰ったりして生きて来ている。

だから合わせたり気を遣ったりするわけで、それで、「もうそれは嫌、ありのままの自分でいたい」っていうありのままっていうのは、ただ単に「わがまま」だったりしないかな、って思う。


 子供ならまだしも、ありのままの洗練されていない素材そのままのいい大人を、誰がどう女王様のように扱ってくれるというの?



私達は子供の頃、 itは誰にでもあるんだよって、無責任な大人達に教えて貰って、だけどitを持ち続けたり洗練させたり、人の役に立つように工夫して行くのって簡単な事じゃない。


人のitに乗って来てしまったのなら、それが「ありのまま」の自分なのね。
それを認める立ち位置に行かなければ、itは永遠に外付けの上っ面だと思うの。何を外付けしても、結局は同じところをぐるぐる…

それを止めて、あ、何もなくなっちゃった…ってところが人生のエッジなのかもしれません。


厳しい事を言っているようだけど、ヨガに来る人はそういう状態の人が多いのね。それでヨガしている時の自分を、That's it!みたいに思っちゃってインストラクターになったりね。

ヨガは誰にでも良い効果を与えるものだし、インストラクターはありのままの自分らしくカッコ良く見えるかもしれない。

 でも、あなたのitはホントにそこなの?っていうのを、私はインストラクターのオーディションの時なんかに見ています。
っていうか、誰と接する時にも大体そこを見ているかも。



ヨガは、現実社会の中ではなく、マットの上でだけれども、自分のエッジに行くことで、itを見出すきっかけになるもの。気付けたらいいですよね。

大抵の方の場合は、ヨガ=itではないと思います。
日本のヨガシーンなんてまだまだ10年そこそこだもの。

それまでにやってきて、何か諦めたりしたことや、やり方が間違っていたりして、自分の中で封印しているようなことはないですか?

ヨガに触れる多くの方が、それをLet go出来ますように。








2014年10月10日金曜日

その先の自分へ〜呼吸

前回の投稿から、ご心配や、「よかったね〜」のメッセージをみなさんから頂き感謝しています。
自分の身体の違和感に早く気付く事が出来て、すぐに向き合うことが出来たのはヨガのお陰でもあるし、周りに身体や健康、疾患への知識が豊富で理解あるプロフェッショルな仲間達に恵まれている今の環境にも本当に感謝です。

 ヨガのお陰って書きましたが、自分がもっと若い頃は、子供の頃からヨガをしていたこともあり、筋肉も関節も柔らかくて、何をするのも怖いもの知らずで、でもポーズをすること自体の感覚がもっと幼稚で、本当に深く自分を感じるというよりは、たぶん神経系や筋肉に刺激を与えたり、その高揚感に夢中だったのかなって思っています。
呼吸の練習(プラーナヤーマ)もしていたけれど、ヨガのアサナと同じ感覚でやっていたから、じっと坐っているとうずうずして、実は瞑想するのもとても苦手でした。

何年も前、インストラクターになりたての頃は、人前に立ってヨガをするという緊張や慣れない事の連続で、自分の感覚をどんどん麻痺させていました。
酷い時は、シャバーサナの時に、一切目を閉じる事が出来なくて。
いつもどこかがピリピリしていて。
身体の痛みもしょっちゅうあったし、でもそんなものだと思い込んでいました。
リラックスするためのクラスに出ても、必ず私を知っている人がいて、先生って見られてしまって上手く感情のリリースが出来ない。

それでアメリカに行って、誰も私を知らないしがらみのない環境で、素晴らしい先生達のクラスでの練習を思いっきりしてみて、 楽しくてたまらなかったけれど、それでも何も変わらなくて、というよりは、やってもやっても、そしていくら出来ても無理しているだけなことに気がついて、はた、と行き詰まってしまったんです。

毎月大枚はたいて必ず予定に組み込んでいたヨガのWSや講座も、ほとんど行かなくなってしまいました。



..........で、出会ったのが気功です。
目を閉じて、感じつつも周りは一切関係なく、自分の内側に集中する。


最初は出来る出来ないを気にしていました。
「右手から左手に氣のボールを移動させて...」
とか、そんな気分でやってはいるけど 私全然出来てません、って先生に見破られるのが怖かったりしていました。
でも先生はまったく気にしていないんです。
まあ何十年も教えられている気功の先生なのに「僕は氣とかあるとかよくわからない」って言ってしまうし、熱心な生徒さんが、「○○するときは、右回り、左回り、女性とか男性とかで変えた方がいいんですか?」なんて質問をしても、「どっちでもいいよ、やってみて」ってニコニコしながら答えるような方ですから(笑)

でも、それで私の目の鱗どころか全身の鎧がばさばさっとはがれ落ちて、何かが変わったんです。

呼吸を感じるって、自分の内側を感じて動かすって、いいなって単純にそう思って、ヨガのアサナに有効なように、自分で呼吸の仕方をいろいろ工夫して身体を使うようになりました。そうしたら、それまで頑張ってやっていたことが、とても楽に出来るようになり、怪我してあきらめてを繰り返していた自分の限界点を、すんなり越えていけるようになりました。

そして自分のしていることをプラニック(プラーナに依る)ヨガと呼ぶ事にしました。

そんなこんなで、私のクラスは普段から呼吸重視で、ただ身体を動かしたい人にとってはちょっとめんどくさいかもしれないレクチャーの多い進め方です。
集中、確認、緊張、弛緩のバランスをいつも考えているのですけど...
でも吸うと吐くしかないから、わかってしまえばとてもシンプルです。

ヨガのアサナが身体の外側をどう扱うか、だとしたら、呼吸は内側をどう扱うか、だと思います。
大抵は、外が緊張=中も緊張、外が緩む=中も緩む、だと思いますが、バランスです。

アドヴァンスの練習に限らず、いつもの自分のその先へ行こうとする時、刺激は当たり前だけどストレスになります。だからやれないんですよね。
でも感覚を麻痺させて目をつぶって飛び込めば良いのかと言えばそれは違う。

呼吸を使って、自分の中心点、中心軸をしっかり保ち、流れを作ってそれに委ねる事で、いつの間にか前に進めている。変化に抵抗する外側の力が、自分の中心を強くするための力に変る。
刺激がストレスではなく、(落ち着いた意味での)快感に感じられる。

そこなんです!!


それで、前からやりたかった呼吸のWSをおこないます。
11/8(土)Sound Healing vol.3として、クリスタルボウル、バイオリン、ギターの演奏とコラボします。夕方17:00からの一日が落ち着いた時間帯です。

以前の私のように、じっと坐って自分に集中するのが 苦手な人、退屈に感じてしまう人に、音の誘導でより深く安定して呼吸を体感して頂きたいなと思っています。

詳細はこちらです。
http://pranic-yoga.com/photo.html

どんな感じの音の世界観なのかちょっと知りたい方は、ここらへんをチェックしてみて下さい。
http://sound8.jp/?page_id=93
当日は、ヨガや呼吸に合わせた演奏をして頂きます。


 当日は胸あたりやみぞおちのあたりのの締め付けが少ないウエアでお越し下さいね。
お待ちしています(^ー^)/




2014年10月4日土曜日

【ご報告】

まずはご報告。
夏前から貧血、眩暈や下腹部痛が酷く、一部活動が思うように出来ず、ご迷惑をお掛けしていましたが、悪化しかかっていた卵巣嚢腫が、手術が必要な5cm以上の大きさから、3.2cmに縮小していました(^_^)v

卵巣って自覚症状が出た時にはもう手遅れと言われていて、13〜4年前から膿腫があった私は、悪性の癌に転化したかなと一時は 覚悟を決めていたのですけれど、良かったです。「大丈夫ですよね?」って受診した時、温和なドクターがいつになく焦り緊迫した感じも、「あ〜もう終わったな」と世界がすべて遠く感じる経験でした(笑)

今後も、ヨガ、気功、食事療法などと共に日常生活を続けていこうと思います。
このまま消えて完治すると願っています。

ご心配お寄せ頂いていた皆さま、アドバイス下さった皆さま、心よりありがとうございました。今後共どうぞよろしくお願い致します。

そして、自分の身体を以てして、女性の繊細な身体や心のシステムをよりよく知り、そして何より自分自身でエネルギーを流す事、生み出す事で、身体の状態はとても素直に応じてくれるのだなと実感しています。
エネルギーというのは、プラーナと言い換えても良いし、愛、という言葉にしても良いかもしれません。でも、愛というのは色の付いた感じではなく、透明な光の感じ。


人はみんなこれらが欲しい。
だってこれを糧にして生きているんですもの。
だからいろいろな営みが生まれる。
エネルギーが欲しいから、何か食べたり、ものを買ったり、人と接したり、エネルギーが沸き立つような体験を求めてなにかしらの活動をする。お金をそれの代わりにしたり。
だけどそれらは全部誰かが具現化させた色の付いた外側のもの。


ヨガとか気功とか、呼吸法とかってもっとその原材料的なものを直接内側で取り扱い、生み出し、循環させていくとてもシンプルな方法です。
 その方法や、自分の身体の状態や意識をニュートラルに内観することを知っていて、きちんと勉強して練習してきて、私の生き方、器用ではないけど間違ってはいないなって思っています。
皆様にお伝えする一つ一つの事にもリアリティを以てより深みが増すかな、なんて(笑)
完治させられるよう、これからも無理せず楽せずでいきます。

少なくても年内いっぱいは、江ノ島クラスは木曜日のみの開催となりますが、どうぞ宜しくお願い致します。
 http://pranic-yoga.com/